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多彩、多様、多感、そして一本気に。

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彦根編1

旅の最終日は滋賀県彦根市。 只今彦根城築400年祭の真っ最中です。

hikone.jpg


着いた! 彦根だ!
駅を出てすぐ、いたるところに彦根城築400年祭の幟旗が!
あと佐和山一夜城の看板も!
はしゃぎました。

さっそく、彦根城方面へまっしぐら。

yakatabune.jpg


彦根城お堀名物(?)屋形船でござい。

しかぁし! 折悪しく連休のため、なにやらツアー客多数! しかもなんだか全体的にお年寄り系
それと、入場料1,000円の壁に阻まれ彦根城はあえなく断念…。 厩だけ見てきました。

umaya1.jpg


馬が入ってたんですねー。

umaya2.jpg


こんな感じに。 入った時はびっくりしましたけどね! もちろん人形です。 でも実物大。 日本の馬は小柄とはいえ、それでもでかい。


てなわけなので、彦根城はまたの機会。
また来るのかよ、とかそういうツッコミは無しで。 つかもう二度目行ったしね。 もう一回行くつもりだから。 そこんところひとつ。
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長崎編5

ようやく続編の更新ですよ。 二日目は出島と二十六聖人殉教地。
つっても、出島はいい写真をあまり撮ってこなかった模様。 ごめん。

dejima1.jpg


これは出島の中に作ってある模型の一部なのです。
現在の出島は長崎市街地に埋もれていて、当時の様子がわかるのは、この入り口があった橋の部分くらい。

fune.jpg


こんな感じの船に乗った人たちが、あの狭い橋一つで隔てられて出島に住んでたんですねー。

bed.jpg


畳みにベッド置いてあります。 オランダの人ってそんなに大きくなかったのか、ベッドややミニチュアサイズ。 かわいい。

taihou.jpg


他にも、オランダ東インド会社(OVC)のエンブレムが入った大砲。

tenbin.jpg


当時の貿易に用いられたと思われる天秤など。
唐紙という伝統工芸があるそうで、当時外国船の船長などが住んでいた屋敷の壁紙にされていたものだそうです。


ささっと見て来るつもりがやっぱりどっぷり見てしまい、結局出島出たらお昼に。
新地中華街にて、ちゃんぽんを食べました!

chanpon.jpg


となりはまおちゃんが食べてた皿うどんです。
何が違うのか。 麺と、汁があるかないか。

蛇足ですが、中華街のあるお店に漫画とかで諸葛亮がよく持っている羽扇が売っていて(その名も孔明扇。笑)、思わず手に取りました。 が、一体持っていてどうする、と思い、辛うじて踏みとどまりました。
写真だけでも撮ってくればよかったなー。

さて、盛りだくさんの長崎観光もこれにてラスト。 二十六聖人殉教地です。
ここは慶長の昔、豊臣秀吉が宣教師とキリシタン合わせて26人を処刑した土地です。

こんな感じ。

26seijin.jpg


ちっさくて見えないのですが、最年少は十歳そこそこの子供だったとか。
中もたくさんの絵画や展示品でしたよ。

だけどまあ、宗教が絡むんでね。 あまり鵜呑みにはしたくないのが私の性分です。
確かにキリスト教は弾圧されたけど、弾圧されるにはそれなりの理由がね。 あると思うのです。 ま、ちょっくら調べたっきりですが。

たとえば、一村人が改宗するんだったらいいけど、大名が改宗して、もしもその宗教を領民に押し付けるようなことをしたらさ。 それは現代で言うところの信教の自由には反するわな。
それから、一説には宣教師たちは若い女の子を海外に奴隷として売りさばいたなんていうし。
ぶっちゃけると、ヨーロッパではずっと前から宗教の腐敗が進んでたわけだし、そんな清らかな救いの手だけを伸ばしに日本に来たんじゃないっつー話。
それと、弾圧の話だって、改宗するかその場をうまく切り抜ければ命永らえられたわけで。
踏み絵の話とかも、絵を踏めなくて殺された殉教者は聖人になるのかもしれないけど、キリスト教が匿われて生き続けることができたのは、絵を踏んででも信仰を密かに守り続けた人たちがいたからと違うんかなあ。
そしたらそうやって一時の屈辱を偲んで耐えた人たちの方がよほど偉い気がするんだけど。
そもそもキリスト教だって偶像崇拝禁止じゃなかったっけか? ユダヤ教だけだっけか?

まあいいや。 話それちゃった。



そんな具合で時間になり、お土産を買って帰りました! カステラ!
半号でもお腹いっぱいの濃厚な味わい。 素晴らしいです。 長崎のカステラは天下一です。 あんな美味しいカステラがあるのかと。

そして二日間お世話になったまおちゃんに別れを告げ、また博多へ。
まおちゃん、忙しいなか本当にありがとう!
また来ます! そのときはハウステンボスに行こう!

長崎編4

おなかが膨れたところで、中華街を通り抜けて今度はグラバー園や大浦天主堂のある南山手町方面へ。

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オランダ橋という橋をはさんで、中華街と出島があります。 ここ何国?的な。 まさに長崎らしい。


南山手町のあたりは、オランダ坂、孔子廟、グラバー園、大浦天主堂と、観光スポットが集まっています。
まずは、オランダ坂へ。

orandazaka.jpg


上りました。 傾斜キツかったです。 坂です。 当たり前だが。

そのあと一気に坂を下り、孔子廟へ。

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とりあえず、ド派手。 まっかっか。

この時点で閉館まで30分くらいしかなくて、奥にあった博物館をちゃんと見てこられなかったのが残念でした。

お土産物屋さんで三国志トランプ発見→購入。
お前は長崎に何をしにきたのかと。


駆け足で孔子廟を見てまわったあとは、グラバースカイロードを通って天主堂とグラバー園のある山の方に。

skyroad.jpg


スカイロードなんて名前がついているから、何かそういう特別なものかと思いきや。 エレベーターでした。 屋外にエレベーターがどーん、と置いてある時点ですごいけどね。

確かに、何もしないでいきなり坂の頂上に立ってるのは気持ちがよかった。

グラバー園は時間がかかるだろう&ライトアップが見たい、ということで、先に大浦天主堂へ。
有名(?)な祈念坂。 まおちゃんはここで写生大会をしたことがあるらしい。

kinenzaka.jpg


大浦天主堂は白い建物です。 丁度空が青くてとてもきれい。

ooura.jpg


例によって中は写真が撮れないのですが、長崎観光の番組でよく見るステンドグラスの光が、西日で見事に出てました。
生で見ると本当に美しい。 それだけずっと眺めていたいくらいでしたよー。

閉館時間(18時)に押され、名残惜しくも天主堂をあとにして、グラバー園へ向かいました。

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グラバー園はおそらく、観光スポットとしては出島と並んで完成されているんじゃないだろうか。
だって、入り口にエスカレーター。

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広すぎだよ。 エスカレーター3本くらい乗ったよ。
夏限定で、夜間の開園をしているそうです。 向かいには稲佐山が見える。

glovergarden2.jpg


園内にいる間に日が暮れたので、この写真はまだライトアップ前。
なんか、スポットとかだけで照らすのかと思いきや、ダイオード大活躍でびびった。 アミューズメント!
あと、どこかの大学のジャズバンドが演奏していましたよ。 サマーライブ! いいなあ。 私もやりたい。

グラバー園は幕末の頃の長崎にあった外国人居留地で、そのときに使っていた洋館をそのまま展示したものです。 大きな洋館が4つと、当時使われていた洋風の建物を移築していくつか建ててあります。
広くて、下手すると迷う。

これは園内で一番大きな建物、旧グラバー邸。

glover.jpg


室内もほとんどそのままで、食卓に当時のごちそうなんか並んでました。

それから、グラバー園の敷石の中には「ハートストーン」と呼ばれる敷石が二つだけ交じってます。
その名のとおり、ハート型をしてます。 これを踏むと恋が成就し、これに触れると幸運が訪れるという石。
もちろん、探しました。 そして見つけました。 意外にこう、「……あ」みたいな感じでした。 他にも探してる人がいたので、案外すんなり…。

heartstone2.jpg


一つ目~。

heartstone1.jpg


二つ目~。
どこにあるかは、探してのお楽しみです。 夏の間に見つけないと、なかなか難しいとだけ申し上げておきます。 にひ。

長崎編3

さて、平和公園のあとは、浦上天主堂に行ってきましたよ。

浦上天主堂は爆心地から近く、原爆の被害も大きく受けたところです。
爆心地に、その遺構が移築されています。

urakami2.jpg


urakami3.jpg


向かって右側が全部ぶっとんでます。 建造物が跡形もなくなるって、恐ろしいことです。


で、今の浦上天主堂。

urakami.jpg


浦上村は戦国時代からずっとキリシタン村だったそうです。 中は写真撮れないので、外だけ。


浦上天主堂を後にしてすぐ、お昼の鐘が…。
というわけで、長崎名物を食そうと思案橋近辺までやってきました。

まずはこれ。

turkyrice.jpg


その名もトルコライス。
名前の由来は様々、組み合わせも店によって様々あるようですが、オーソドックスはナポリタンスパゲティ&とんかつ&カレー(ピラフだったりソースだったり)の模様。 一つの皿に麺と飯が同じだけ自己主張しているのがすごい。

これはそのバリエーションのひとつ、ランタントルコです。

rantanturky.jpg


とんかつがエビに、ソースがクリームになったもの、だと思う。
ボリューム満点の御飯のあとは、これはまおちゃん直伝、長崎の味ミルクセーキ。

ミルクセーキといえば、飲み物しか知らなかった私。 しかし長崎のミルクセーキは、なんとカキ氷とシャーベットの相の子風。

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うーまーいー。 このなんともいえない素朴な甘さ。
長崎はちゃんぽんといい、トルコライスといい、不思議な食べ物がいっぱいで飽きませんね。

長崎編2

長崎では、もう、すごい勢いで写真を撮ってきましたよ。
もうね、8月18日だけで100枚撮った。 撮りすぎ。
その中から抜粋してお送りします。


まず、初めに行ったのは原爆の地。 坂を下りて、路面電車に乗りました~。


romendensha2.jpg



路面電車はいろいろな車両が走ってて、それこそ戦時中からあるようなものから、つい最近できたものまでバリエーションさまざま。
私が乗ったので一番古かったのは、昭和30年のものでした。 半世紀!!

運賃は一回の乗車で100円なのですが、この日は500円のフリーきっぷを買って、乗り倒そうという話に。(結局4回しか乗ってないけど…!)


freepass.jpg



まおちゃんが一緒だったので、どこで乗れば空いてるかとか、地元情報でお得でした。


さて、最初に訪れたのは平和公園です。
ここは、8月9日にいつも式典が行われる広場です。 有名な祈念像があります。

公園は丘を一面に使ってあって、階段を登って少し歩くとすぐに祈念像が見えてきます。


kinenzou1.jpg


おおっ、見えた。


kinenzou2.jpg


だんだん、大きさがわかってきます。


kinenzou3.jpg


で、でかい。 テレビや写真で姿こそ知っていたけど、実際見ると迫力が違うなあ。
写真からあまり伝わらないのが残念。


祈念像の後ろ側には、製作者の言葉が刻まれています。


あの悪夢のような戦争
 身の毛のよだつ凄絶悲惨
  肉親を人の子を
かえり見るさえ耐えがたい真情
 誰か平和を祈らずにいられよう
茲〈ここ〉に全世界平和運動の先駆として
この平和祈念像が誕生した
山の如き聖哲
それは逞しい男性の健康美
全長三十二尺余
右手は原爆を示し左手は平和を
顔は戦争犠牲者の冥福を祈る
 是〈これ〉人種を超越した人間
  時に仏 時に神
長崎始まって最大の英断と情熱
 今や人類最高の希望の象徴




とても、ただの観光気分ではいられませんでしたねぇ、やっぱり。


izumi.jpg


平和の泉です。 見えますか? 石碑の文字。
この「あぶらのようなもの」は、いわゆる「黒い雨」だそうです。


bakushinchi.jpg


この石碑の500メートル上空で、プルトニウム239爆縮方式原子爆弾「ファットマン」が炸裂したと。

長崎の全人口の3分の2を、殺したり怪我させたり、病気にさせたりしたと。

何万という米軍青年将校を救うために、長崎の人14万人も犠牲にしたと。 だから仕方ないと。

同じ人間かと思うと恥ずかしい。


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まるち

Author:まるち
静岡市在住。
音楽と歴史が好きで、たいがいマニアックで暴走気味。
一応専門は思想。

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