Multi-document+

多彩、多様、多感、そして一本気に。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

レベルアップ!

まるち は レベル が あがった !
かしこさ が 1 あがった !
たいりょく が 2 あがった !
「だつりょく」 を おぼえた !


って感じ。

今日、久しぶりに「演奏家ならだれでも知っておきたい『からだ』のこと」を読みました。
で、「あたま」のところを読んだんです。

で、その本に書いてあるとおりに首を楽にして吹こうと思いました。

で、やってみました。



めっちゃ楽に音出る!!!



感動でした。 簡単なことだけど。

あと重くないように楽器を持つってのは目から鱗。
言葉にすると当たり前だけど、自分が楽な姿勢で楽器を吹くってのはものすごく大切なことなんですね。

人間の身体って想像以上に合理的に出来てるんだなあ。 その合理性を妨げないように楽器を演奏すればいいんですね。

今日はじつに有意義でした。
スポンサーサイト

写譜

久しぶりに、手書きで楽譜作りました。 自由曲です。

poema_alpestre.jpg


理由1:切り貼りがめんどい。
理由2:打ち込むのもめんどい。
理由3:ぱっと見て一連の曲になっている方が美しい。

どう考えても時間の無駄ですが、わたしの気持ち的には無駄ではありません。

タイトル字がかっこいい、と自画自賛。 タイトル字が一番巧く書けた。 笑


楽譜を書き写すと、新たな発見がたくさんあります。 発見、というか、見落とし。
ああそうか、ここテヌートだったんだ、とか、ああここスラー切れてる、とか、

いかに普段、楽譜をてきとーに見てるかってことに気付きます。
ときどき書き方がいい加減な楽譜もあるけどね。 なんつって。

つーかとりあえずもう眠いので寝ます。

やめよう

もういいよね日記でも。
うん。 いい。 誰がなんと言おうが私がいいというのだからいい。

もう夏休みです。 この夏はずっと研究に当てます。
お盆開けに長崎へ行きます。 あと彦根にも。

「関ヶ原」のお陰ですっかり島左近ファンですよ。
けど、島左近だけじゃなくて、石田三成と島左近がセットだから好き。
これが違うところ。
だって島左近は石田三成に出会って関ヶ原で散ったからここまで愛されたんだと思う。
石田三成に仕える島左近が好き。 だから歴史から石田三成を抹消しようとした徳川方のやり方は絶対に好きになれないと思う。
というわけだ。 ひねくれ者だ。

彦根に行くのも彦根城築400年祭だからだけど、見たいのはもっぱら佐和山っていうさ。 ひこにゃんよりもさこにゃん欲しいもん。
いいの。 ひねくれてるのは自覚してるから。 わたしがいいと言うのだからいいの。

おかしな話

とある店の中にこんなメッセージ。


十六歳未満のお客様の午後八時以降、
十八歳未満のお客様の午後十時以降の、保護者を伴わないご来店は、お断りいたしております。



さて、ここで問題です。

日本の義務教育は何歳まででしたっけ。
中学3年生までです。 生まれた月の遅い人は15歳で高校1年生のほとんどを終えたりもします。
だから、16歳は社会人の可能性もあります。 滅多にいないというだけで充分認められてしかるべき日本人の姿です。

たとえば15歳で働き、自分の生活費をまかなう人と、
22歳にもなってまだ親のすねかじって大学に通ってる私。

いったいどちらが「大人」なのか。

立派に賃金もらって働いてる社会人が、同じ土俵の社会人に入店を拒否されるなんて可笑しな話だね。

16歳が「子ども扱い」なのは、身体の発達が未成熟なことがあるから、というのも、あります。
でも高校で勉強するのは義務じゃないのに、高校で教えなきゃいけないことがえらい多いのはなんでなのかなあ。
教育の残業? 残業とは無能の証と誰かが言った。
それはもちろん「こどもたち」ではなく、そのように課程を定める「おとなたち」。

必要な犠牲だと思うけど

20世紀半ばに起きた、ナチスドイツによるユダヤ人虐殺。

には、第一次世界大戦の戦後処理によって経済が破綻したドイツ国内において、自らの耐え難い部分をユダヤ人に投影した、

という側面があるそうです。


もちろん、後からの分析ですが。


自己の醜い部分、闇の部分を他者に投影し、嫌悪し排除する。
このような「自己投影」と「排除」は、人間あるいは社会において、少しも珍しいことではありません。


とか、真面目そうな話題ですが、今からものっすごいローカルになります。


今日、私はその自己投影と排除をまさに行いました。
というか、実感しました。 Tilegnelse(つづり違うかも)。


それは何か。

それは掃除。


自分の部屋は自分。
自分の部屋から出たゴミは自分の暗い部分の投影。


そういうことだ!


もともとはゴミなんかではなかった物質たちは、私の代わりに私の醜い部分を背負って、ゴミとなって焼かれてくれるのだ。

と、そう思ったら、もう、ありがとうゴミ!!

みたいな感じで、涙が出てきました。
で、今日向き合った私の醜い部分は全部で7袋(大45リットル)。

すごい量です。
すごい量の醜い部分と、今日向き合うことに成功しました。

たぶんまだ増える。

大事なことは、増やさないこと。
ゴミは自己投影のスケープゴートなのだ。

とまと

ちっとも寝付けないのでもう寝るの半ば諦めて、日記なんか書き出してます

大家さんにきゅうりととまともらいました。 で、眠れないのでとまと食ってみたんですが、これがものすごい美味でして。
いまだかつてこんなにとまと美味えと思ったことなかったですよ。 すごい!
親元を離れて一人暮らしをしてから、疎遠になってる食材ってのがあって。 生のとまともその一つだったんです。 もともとあまり好きじゃなくて。 ソースとかピュレは好きなんですけど。

異国文化でもたいていのもの美味しくいただけてしまうので食に不自由したことはないんですが、その分自分の身体が今何を食べたいのかがつかみにくくて。
だから何食べてもピンと来ないってときがままあるんですが、今日はドンピシャだった。 ああ私の身体はこれを求めていたんだ、みたいな。

生のとまとは丸かじりに限る。 というかとまとは、それだけでいいです。 ごはんとかと一緒にでるとどうも。

Top

HOME

まるち

Author:まるち
静岡市在住。
音楽と歴史が好きで、たいがいマニアックで暴走気味。
一応専門は思想。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。