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多彩、多様、多感、そして一本気に。

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長崎編5

ようやく続編の更新ですよ。 二日目は出島と二十六聖人殉教地。
つっても、出島はいい写真をあまり撮ってこなかった模様。 ごめん。

dejima1.jpg


これは出島の中に作ってある模型の一部なのです。
現在の出島は長崎市街地に埋もれていて、当時の様子がわかるのは、この入り口があった橋の部分くらい。

fune.jpg


こんな感じの船に乗った人たちが、あの狭い橋一つで隔てられて出島に住んでたんですねー。

bed.jpg


畳みにベッド置いてあります。 オランダの人ってそんなに大きくなかったのか、ベッドややミニチュアサイズ。 かわいい。

taihou.jpg


他にも、オランダ東インド会社(OVC)のエンブレムが入った大砲。

tenbin.jpg


当時の貿易に用いられたと思われる天秤など。
唐紙という伝統工芸があるそうで、当時外国船の船長などが住んでいた屋敷の壁紙にされていたものだそうです。


ささっと見て来るつもりがやっぱりどっぷり見てしまい、結局出島出たらお昼に。
新地中華街にて、ちゃんぽんを食べました!

chanpon.jpg


となりはまおちゃんが食べてた皿うどんです。
何が違うのか。 麺と、汁があるかないか。

蛇足ですが、中華街のあるお店に漫画とかで諸葛亮がよく持っている羽扇が売っていて(その名も孔明扇。笑)、思わず手に取りました。 が、一体持っていてどうする、と思い、辛うじて踏みとどまりました。
写真だけでも撮ってくればよかったなー。

さて、盛りだくさんの長崎観光もこれにてラスト。 二十六聖人殉教地です。
ここは慶長の昔、豊臣秀吉が宣教師とキリシタン合わせて26人を処刑した土地です。

こんな感じ。

26seijin.jpg


ちっさくて見えないのですが、最年少は十歳そこそこの子供だったとか。
中もたくさんの絵画や展示品でしたよ。

だけどまあ、宗教が絡むんでね。 あまり鵜呑みにはしたくないのが私の性分です。
確かにキリスト教は弾圧されたけど、弾圧されるにはそれなりの理由がね。 あると思うのです。 ま、ちょっくら調べたっきりですが。

たとえば、一村人が改宗するんだったらいいけど、大名が改宗して、もしもその宗教を領民に押し付けるようなことをしたらさ。 それは現代で言うところの信教の自由には反するわな。
それから、一説には宣教師たちは若い女の子を海外に奴隷として売りさばいたなんていうし。
ぶっちゃけると、ヨーロッパではずっと前から宗教の腐敗が進んでたわけだし、そんな清らかな救いの手だけを伸ばしに日本に来たんじゃないっつー話。
それと、弾圧の話だって、改宗するかその場をうまく切り抜ければ命永らえられたわけで。
踏み絵の話とかも、絵を踏めなくて殺された殉教者は聖人になるのかもしれないけど、キリスト教が匿われて生き続けることができたのは、絵を踏んででも信仰を密かに守り続けた人たちがいたからと違うんかなあ。
そしたらそうやって一時の屈辱を偲んで耐えた人たちの方がよほど偉い気がするんだけど。
そもそもキリスト教だって偶像崇拝禁止じゃなかったっけか? ユダヤ教だけだっけか?

まあいいや。 話それちゃった。



そんな具合で時間になり、お土産を買って帰りました! カステラ!
半号でもお腹いっぱいの濃厚な味わい。 素晴らしいです。 長崎のカステラは天下一です。 あんな美味しいカステラがあるのかと。

そして二日間お世話になったまおちゃんに別れを告げ、また博多へ。
まおちゃん、忙しいなか本当にありがとう!
また来ます! そのときはハウステンボスに行こう!
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それにしたってよ

今日は何を隠そう、卒論の中間発表でした。

ま、多くは語るまい……。


質問その1:ジョン・ロックの統治論にこれまで第一篇からの考察が加えられてこなかったのは、それが必要ないほど第二篇が完成されているからではないのか。 第一篇からの考察を加えた新しい視点とは具体的にどのようなものか。


おおおぉ…まさにそれ。 それを言っちゃあおしまいよ的な。 じゃあいっそ終わってしまえ的な。
大風呂敷を広げた点は評価しよう的な。 さ。 うう…。


そんなことより9月が終わってしまう。 旅行記書かないと。


今日は某先輩とカレーを食べに行く約束をし、したら夕方になって映画を観に行こうと言われ、行ってみたらチケットが売り切れてて、じゃあカレーと言うことになってお勧めの店を回ったらことごとく閉まってて、最後にたどり着いた某「あま◎ら亭」で野菜コロッケカレー食って駅南口のハゲンダツでキャラメルモンブランクレープ食って若干気持ち悪くなって帰ってきました。 ぐだぐだ。

「あま◎ら亭」のカレーは美味しいですよ。 今度食べに行きましょう。>食べに行きたい人

佐和山一夜城!4

佐和山一夜城落城式見てきました~。
残念ながら、城は ハ リ ボ テ でしたが。
それなりに盛り上がってました。 雨がぱらついてどうなるかと思いましたが、無事に落城式を執り行えてよかったです。
武者姿の人が駐車場整理してました。
花火がすごかったですねー。 大きいものではなかったですが、近くで見られたので、まるで降ってくるようでした。 赤くライトアップされた佐和山城(ハリボテ)を多い隠す様は、さながら慶長5年9月18日(1600年10月24日頃)の落城の日の如し。

某ネオロマンスゲームメーカーが出した歴史アクションゲームのお陰か、妙に若い女の子(精神的に自分除く)が多くてげっそりしましたが。 ごめん、まじうっさい。
まあかくいう私だってきっかけはそこですけど。 私はたぶん小学生の頃から歴史オタクなんで。 そこらへんひとつ。

彦根にはたぶん、今年中にもう一度か二度はくると思います。 だいたい、彦根城を見てないんだもの! 入場料1000円は高いよ…。

でも佐和山城ばっかりはえこひいきだと思うので、やっぱり行っておきたいです。 むしろ行かねばならない。 私が歴史愛好者である限り。 大袈裟。

歴史といえば、静岡だって今年は大御所400年祭なんですよー。 徳川家康が将軍職を退いて、大御所として駿府城に住むようになってから400年、というわけなのです。
静岡だって誇ろうと思えば日本中に誇れる城下町なんですよー。
だから今回の彦根城400年祭みたいに、もっと盛り上がってもいいのになー、とか思うんですが。
マスコットを作ったりさ。 これでもかってくらい町中に幟立ててみたりさ。
彦根城が国宝で残ってるってのもでかいね。 きっと。
駿府城…! こればかりは私は明治日本を恨むよ。 佐和山を破壊した直政をそこ一点だけはどうしても恨みたいのと同じように。
古いものや敵だったものを歴史から抹消するための政治的判断があるとはいえ、私が生きているうちにそれらを見ることができないのは非常に悔しい。 どんなにがんばっても見られないから余計にやり場がない。
破壊の衝動は抑えることに快感があるんじゃないか。

佐和山一夜城!3

会場までは無料のシャトルバスが運行してるみたいです。

後部座席に若い女の子4人組が…めっちゃはしゃいで…!

怖!!(←キャピキャピ恐怖症)

だけど…

わざわざ静岡くんだりから来てる私も(オタクという点で)同類!!!

しょぼーん。

佐和山一夜城!2

ひこね着きました!

佐和山!
佐和山!

(只今はしゃいじゃって大変な事になっております、しばらくお待ちください)

佐和山一夜城!

今から彦根に出かけます!

目的はもちろん、佐和山一夜城を見ることです。 ムフン!
今日が最終日で、落城式があるのですよー。

青春18きっぷはもう使えないので、きっぷが高い!

司馬遼太郎「関ヶ原」

長かったよー。 1,577ペイジ。 うおー。
左近も三成公も案外さっくり死んだなあ…。 しかしラストはちょっとグッときました。 如水…。
おまつ様のエピソードとかもっと出てくるのかと思った。 上巻のラストが、もう一度くらいでてきそうな感じだったと思ったんだけど。
あと、米沢の人たち(景勝&兼続)も。 まあ、家康が西に来ちゃった以上本編からは外れるし仕方ないのかな。 兼続、直江状以降あんま出番ないよ! 景勝様にいたってはほとんど喋ってもないよ!

クライマックスなので当然かもしれませんが、関ヶ原の戦、真っ最中の家康がとても良かったです。 周到に謀略を巡らせて、負けようがないってところまで持って行ってるにもかかわらず、戦は何が起こるかわからないんだ、って、読者にもハラハラさせてくれました。 特に、本多が「負けるのではないか」って、一瞬でも思ったのがものすごく面白かった。

三成公に対しても家康公に対しても、持ち上げては突き落としって感じで、どっちかに偏らないのもよかった。 関ヶ原近辺でと言ったらこの作品なのも、単に大著ってだけじゃなくて、そういう、きっと作者自身でも一貫してない描写の仕方ってのが良いんじゃないのかな、って思ったりしました。


次の歴史物は宮尾登美子「天璋院 篤姫」です。 2008年大河ドラマ。

帰省中

昨日、一昨日と台風のあんちきしょうのおかげで帰省の予定が大幅に遅延しまして。
雨が止みゃあ電車が動くってもんでもないのが山間部の辛いとこ。

で、今日の朝一番の電車で帰省中です。 もちろん鈍行。 運賃分だけで、新幹線なら東京へ1時間で行けてしまう。 6千なんぼ払って7時間かかって、ってお前それ隣の県かよ!て突っ込みたくなります。
ま、仕方ないですね。 信濃の国は十州に境連ぬる国にして、ですから、静岡の一つや二つと直通の道がないからって腹立てちゃあいけない。

今ようやく甲府出たところです。 家に帰り着くのは13時頃の予定。 まだ先は長いぞう。

長崎編4

おなかが膨れたところで、中華街を通り抜けて今度はグラバー園や大浦天主堂のある南山手町方面へ。

chuukagai.jpg


オランダ橋という橋をはさんで、中華街と出島があります。 ここ何国?的な。 まさに長崎らしい。


南山手町のあたりは、オランダ坂、孔子廟、グラバー園、大浦天主堂と、観光スポットが集まっています。
まずは、オランダ坂へ。

orandazaka.jpg


上りました。 傾斜キツかったです。 坂です。 当たり前だが。

そのあと一気に坂を下り、孔子廟へ。

koushibyou2.jpg


とりあえず、ド派手。 まっかっか。

この時点で閉館まで30分くらいしかなくて、奥にあった博物館をちゃんと見てこられなかったのが残念でした。

お土産物屋さんで三国志トランプ発見→購入。
お前は長崎に何をしにきたのかと。


駆け足で孔子廟を見てまわったあとは、グラバースカイロードを通って天主堂とグラバー園のある山の方に。

skyroad.jpg


スカイロードなんて名前がついているから、何かそういう特別なものかと思いきや。 エレベーターでした。 屋外にエレベーターがどーん、と置いてある時点ですごいけどね。

確かに、何もしないでいきなり坂の頂上に立ってるのは気持ちがよかった。

グラバー園は時間がかかるだろう&ライトアップが見たい、ということで、先に大浦天主堂へ。
有名(?)な祈念坂。 まおちゃんはここで写生大会をしたことがあるらしい。

kinenzaka.jpg


大浦天主堂は白い建物です。 丁度空が青くてとてもきれい。

ooura.jpg


例によって中は写真が撮れないのですが、長崎観光の番組でよく見るステンドグラスの光が、西日で見事に出てました。
生で見ると本当に美しい。 それだけずっと眺めていたいくらいでしたよー。

閉館時間(18時)に押され、名残惜しくも天主堂をあとにして、グラバー園へ向かいました。

glovergarden.jpg


グラバー園はおそらく、観光スポットとしては出島と並んで完成されているんじゃないだろうか。
だって、入り口にエスカレーター。

escalator.jpg


広すぎだよ。 エスカレーター3本くらい乗ったよ。
夏限定で、夜間の開園をしているそうです。 向かいには稲佐山が見える。

glovergarden2.jpg


園内にいる間に日が暮れたので、この写真はまだライトアップ前。
なんか、スポットとかだけで照らすのかと思いきや、ダイオード大活躍でびびった。 アミューズメント!
あと、どこかの大学のジャズバンドが演奏していましたよ。 サマーライブ! いいなあ。 私もやりたい。

グラバー園は幕末の頃の長崎にあった外国人居留地で、そのときに使っていた洋館をそのまま展示したものです。 大きな洋館が4つと、当時使われていた洋風の建物を移築していくつか建ててあります。
広くて、下手すると迷う。

これは園内で一番大きな建物、旧グラバー邸。

glover.jpg


室内もほとんどそのままで、食卓に当時のごちそうなんか並んでました。

それから、グラバー園の敷石の中には「ハートストーン」と呼ばれる敷石が二つだけ交じってます。
その名のとおり、ハート型をしてます。 これを踏むと恋が成就し、これに触れると幸運が訪れるという石。
もちろん、探しました。 そして見つけました。 意外にこう、「……あ」みたいな感じでした。 他にも探してる人がいたので、案外すんなり…。

heartstone2.jpg


一つ目~。

heartstone1.jpg


二つ目~。
どこにあるかは、探してのお楽しみです。 夏の間に見つけないと、なかなか難しいとだけ申し上げておきます。 にひ。

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まるち

Author:まるち
静岡市在住。
音楽と歴史が好きで、たいがいマニアックで暴走気味。
一応専門は思想。

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