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多彩、多様、多感、そして一本気に。

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今日から

後期の授業が開始ですよ。
なんだかwebが履修登録に侵略を開始した模様。
つか絶対そのほうがいいって。
ま、はじめのうちはエラーも頻発だと思いますが、今後のためにも今のうちに手をかけていただきたいと思います。 期待!


ところで戦友から返信が来ません。 そうか…奴は死んだか…。


全然関係ないが昨日生まれて初めてパーマというものをかけてみました。 長かったので縦に巻かれます。 面白!
しかし、部屋に帰って鏡を見てもあまり違和感がないのはなぜだ。

長崎編5

ようやく続編の更新ですよ。 二日目は出島と二十六聖人殉教地。
つっても、出島はいい写真をあまり撮ってこなかった模様。 ごめん。

dejima1.jpg


これは出島の中に作ってある模型の一部なのです。
現在の出島は長崎市街地に埋もれていて、当時の様子がわかるのは、この入り口があった橋の部分くらい。

fune.jpg


こんな感じの船に乗った人たちが、あの狭い橋一つで隔てられて出島に住んでたんですねー。

bed.jpg


畳みにベッド置いてあります。 オランダの人ってそんなに大きくなかったのか、ベッドややミニチュアサイズ。 かわいい。

taihou.jpg


他にも、オランダ東インド会社(OVC)のエンブレムが入った大砲。

tenbin.jpg


当時の貿易に用いられたと思われる天秤など。
唐紙という伝統工芸があるそうで、当時外国船の船長などが住んでいた屋敷の壁紙にされていたものだそうです。


ささっと見て来るつもりがやっぱりどっぷり見てしまい、結局出島出たらお昼に。
新地中華街にて、ちゃんぽんを食べました!

chanpon.jpg


となりはまおちゃんが食べてた皿うどんです。
何が違うのか。 麺と、汁があるかないか。

蛇足ですが、中華街のあるお店に漫画とかで諸葛亮がよく持っている羽扇が売っていて(その名も孔明扇。笑)、思わず手に取りました。 が、一体持っていてどうする、と思い、辛うじて踏みとどまりました。
写真だけでも撮ってくればよかったなー。

さて、盛りだくさんの長崎観光もこれにてラスト。 二十六聖人殉教地です。
ここは慶長の昔、豊臣秀吉が宣教師とキリシタン合わせて26人を処刑した土地です。

こんな感じ。

26seijin.jpg


ちっさくて見えないのですが、最年少は十歳そこそこの子供だったとか。
中もたくさんの絵画や展示品でしたよ。

だけどまあ、宗教が絡むんでね。 あまり鵜呑みにはしたくないのが私の性分です。
確かにキリスト教は弾圧されたけど、弾圧されるにはそれなりの理由がね。 あると思うのです。 ま、ちょっくら調べたっきりですが。

たとえば、一村人が改宗するんだったらいいけど、大名が改宗して、もしもその宗教を領民に押し付けるようなことをしたらさ。 それは現代で言うところの信教の自由には反するわな。
それから、一説には宣教師たちは若い女の子を海外に奴隷として売りさばいたなんていうし。
ぶっちゃけると、ヨーロッパではずっと前から宗教の腐敗が進んでたわけだし、そんな清らかな救いの手だけを伸ばしに日本に来たんじゃないっつー話。
それと、弾圧の話だって、改宗するかその場をうまく切り抜ければ命永らえられたわけで。
踏み絵の話とかも、絵を踏めなくて殺された殉教者は聖人になるのかもしれないけど、キリスト教が匿われて生き続けることができたのは、絵を踏んででも信仰を密かに守り続けた人たちがいたからと違うんかなあ。
そしたらそうやって一時の屈辱を偲んで耐えた人たちの方がよほど偉い気がするんだけど。
そもそもキリスト教だって偶像崇拝禁止じゃなかったっけか? ユダヤ教だけだっけか?

まあいいや。 話それちゃった。



そんな具合で時間になり、お土産を買って帰りました! カステラ!
半号でもお腹いっぱいの濃厚な味わい。 素晴らしいです。 長崎のカステラは天下一です。 あんな美味しいカステラがあるのかと。

そして二日間お世話になったまおちゃんに別れを告げ、また博多へ。
まおちゃん、忙しいなか本当にありがとう!
また来ます! そのときはハウステンボスに行こう!

それにしたってよ

今日は何を隠そう、卒論の中間発表でした。

ま、多くは語るまい……。


質問その1:ジョン・ロックの統治論にこれまで第一篇からの考察が加えられてこなかったのは、それが必要ないほど第二篇が完成されているからではないのか。 第一篇からの考察を加えた新しい視点とは具体的にどのようなものか。


おおおぉ…まさにそれ。 それを言っちゃあおしまいよ的な。 じゃあいっそ終わってしまえ的な。
大風呂敷を広げた点は評価しよう的な。 さ。 うう…。


そんなことより9月が終わってしまう。 旅行記書かないと。


今日は某先輩とカレーを食べに行く約束をし、したら夕方になって映画を観に行こうと言われ、行ってみたらチケットが売り切れてて、じゃあカレーと言うことになってお勧めの店を回ったらことごとく閉まってて、最後にたどり着いた某「あま◎ら亭」で野菜コロッケカレー食って駅南口のハゲンダツでキャラメルモンブランクレープ食って若干気持ち悪くなって帰ってきました。 ぐだぐだ。

「あま◎ら亭」のカレーは美味しいですよ。 今度食べに行きましょう。>食べに行きたい人

佐和山一夜城!4

佐和山一夜城落城式見てきました~。
残念ながら、城は ハ リ ボ テ でしたが。
それなりに盛り上がってました。 雨がぱらついてどうなるかと思いましたが、無事に落城式を執り行えてよかったです。
武者姿の人が駐車場整理してました。
花火がすごかったですねー。 大きいものではなかったですが、近くで見られたので、まるで降ってくるようでした。 赤くライトアップされた佐和山城(ハリボテ)を多い隠す様は、さながら慶長5年9月18日(1600年10月24日頃)の落城の日の如し。

某ネオロマンスゲームメーカーが出した歴史アクションゲームのお陰か、妙に若い女の子(精神的に自分除く)が多くてげっそりしましたが。 ごめん、まじうっさい。
まあかくいう私だってきっかけはそこですけど。 私はたぶん小学生の頃から歴史オタクなんで。 そこらへんひとつ。

彦根にはたぶん、今年中にもう一度か二度はくると思います。 だいたい、彦根城を見てないんだもの! 入場料1000円は高いよ…。

でも佐和山城ばっかりはえこひいきだと思うので、やっぱり行っておきたいです。 むしろ行かねばならない。 私が歴史愛好者である限り。 大袈裟。

歴史といえば、静岡だって今年は大御所400年祭なんですよー。 徳川家康が将軍職を退いて、大御所として駿府城に住むようになってから400年、というわけなのです。
静岡だって誇ろうと思えば日本中に誇れる城下町なんですよー。
だから今回の彦根城400年祭みたいに、もっと盛り上がってもいいのになー、とか思うんですが。
マスコットを作ったりさ。 これでもかってくらい町中に幟立ててみたりさ。
彦根城が国宝で残ってるってのもでかいね。 きっと。
駿府城…! こればかりは私は明治日本を恨むよ。 佐和山を破壊した直政をそこ一点だけはどうしても恨みたいのと同じように。
古いものや敵だったものを歴史から抹消するための政治的判断があるとはいえ、私が生きているうちにそれらを見ることができないのは非常に悔しい。 どんなにがんばっても見られないから余計にやり場がない。
破壊の衝動は抑えることに快感があるんじゃないか。

佐和山一夜城!3

会場までは無料のシャトルバスが運行してるみたいです。

後部座席に若い女の子4人組が…めっちゃはしゃいで…!

怖!!(←キャピキャピ恐怖症)

だけど…

わざわざ静岡くんだりから来てる私も(オタクという点で)同類!!!

しょぼーん。

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まるち

Author:まるち
静岡市在住。
音楽と歴史が好きで、たいがいマニアックで暴走気味。
一応専門は思想。

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